त्रयमन्तरङ्गम् पूर्वेभ्यः 3-7
トラヤマンタランガム プールヴェービャハ
त्रयम् トラヤム
これら3つの(ダーラナー、ディヤーナ、サマーディ)は
अन्तरङ्गम् アンタランガム
内的な部門である。
アシュターンガ・ヨーガの8つの部門のうち、このサンヤマは感覚器官を外的なものから遮断し内側に意識を向けていくため内的な修行にあたります。
तदपि बहिरङ्गं
निर्बीजस्य 3-8
タダピ バヒランガン ニルビージャスヤ
तदपि タダピ
(しかし)これらサンヤマは
निर्बीजस्य ニルビージャスヤ
無種子三昧からすれば
बहिरङ्गम् バヒランガム
外的部門(の修業である)
無種子三昧からすれば
बहिरङ्गम् バヒランガム
外的部門(の修業である)
無種子三昧は文字通り、因となる種子がない状態で、この世に輪廻転生する原因がなくなるほど最も深奥なサマーディです。その境地からすれば、これらダーラナ、ディヤーナ、サマーディは途中経過の段階であります。
व्युत्थाननिरोधसंस्कारयोः
अभिभवप्रादुर्भावौ
निरोधक्षण चित्तान्वयो निरोधपरिणामः 3-9
ビュッターナ ニローダ サンスカーラヨーホ アビバヴァ プラードゥルバーヴォーニローダクシャナ チッターンヴァヨー ニローダパリナーマハ
व्युत्थाननिरोधसंस्कारयोः
ビュッターナ ニローダ サンスカーラヨーホ
雑念状態のサンスカーラが押さえられて、
制御状態のサンスカーラがあらわれると
अभिभवप्रादुर्भावौ
アビバヴァ プラードゥルバーヴォー
・अभिभव アビバヴァ
「隠れる」、「効力を失う」という意味があり、現在を軸にみて現象が過去にうつりかわる状態。
ここでは雑念のサンスカーラが現在から過去の位相になっていくことを示します。
・प्रादुर्भाव プラードゥルバーヴァ
将来発生するとされている現象が現在の時間の位相に現れる状態をいいます。ここでは未来時間に存在していた制御のサンスカーラが現在時間の位相に変化したことをさします。
निरोधक्षणचित्तन्वय: ニローダクシャナ チッターンヴァヤハ
・नोरोध ニローダ 止滅する、制御する
・क्षण クシャナ 刹那
・चित्त チッタ 心
・अन्वय アンヴァヤ 2つの事柄の相互関係。
निरोधपरिणामः ニローダパリナーマハ
止滅転変という。
止滅転変という。
雑念よりも制御が優位になった転変(結果)。
ここで、ひとつ重要な用語“ダルマ”と“ダルミー”を確認しておきます。
“任務、役割、役目”という意味をもつ“ダルマ”は、インド哲学でよく聞く言葉です。そのダルマの母体・創造主のことを“ダルミー”といいます。
分かりやすい例をあげます。たとえば木材がダルミーだとします。木材のダルマをいくつか挙げてみると、製紙原料、薪、家具や建築資材、割り箸、鉛筆、段ボール、まな板、杖、まな板、そろばん、木刀など、数えきれないほどの用途があります。
それでは鉄がダルミーとすると、鉄のダルマはどんなものがありますか?
調理器具、家電製品、車、オートバイ、高層ビル、橋、金槌、鉄アレイ、鎧、乾電池…これ以外にも鉄のダルマはあります。
鉄には鉄のダルマがあり、木材には木材のダルマがあります。木製の箸と韓国で使用されているような金属製の箸もあり、代替が可能なものもありますが、本来持っている特性はカバーしきれません。鉄の強度は木にはないものですし、木のぬくもりは鉄にはありません。
それでは人物でダルマとダルミーの関係をとらえてみましょう。
ちびまる子ちゃんと祖父のさくら友蔵は家族でありながら、ダルマが異なります。夏休みの宿題の日記をまる子ちゃんは友蔵の助けを借りていました。終戦記念日の日記を、友蔵は自分の戦争体験の記憶をもとに書いてしまい、後々手伝ったことがばれてしまったエピソードがありました。小学生のダルマは、小学生が果たすことになっていて、友蔵には引き受けられないダルマなのですね。
このダルマとダルミーの関係をヨーガ哲学にあてはめてみると、チッタはダルミーです。チッタから作られるサンスカーラがダルマにあたります。
「ダルミー(チッタ)なしにはダルマ(サンスカーラ)は存在しない」、これはヨーガ哲学の鉄則です。
チッタをもとに、いろんなサンスカーラが生まれます。雑念の割合の多いサンスカーラであったり、それを制御する能力を持ち合わせたサンスカーラであったり、集中が続きやすいサンスカーラであったりと、個人によって割合が変わります。この個人によって異なるサンスカーラの差は、ダルミーである心の使い方であり、日々の使い方次第でサンスカーラの中身を入れ替えることができます。
この節の解説に戻りますと、ダルミーであるチッタは、ダルマである制御するサンスカーラと雑念のサンスカーラの両方に存在し、互いに刹那刹那の時間単位で優劣を競い合おうとしています。
教文にある「アンヴァヤ」という言葉は相互関係という意味で、どちらかが勝るとどちらかが効力を失うという使い方をします。雑念があるときは制御する力が劣っていて、制御する力があるときは雑念が劣るという関係があり2者が同時に効力を発揮することはありません。
制御する力が勝ったと思えば、すぐに雑念のサンスカーラに戻ってしまうこともあります。この生滅と転変を繰り返すのも、サンスカーラの中にある割合で決まります。
तस्य प्रशान्तवाहिता संस्कारात् 3-10
タスヤ プラシャーンタヴァーヒター サンスカーラート
तस्य タスヤ
その(止滅の)
संस्कारात् サンスカーラート
サンスカーラによって
प्रशान्तवाहिता プラシャーンタヴァーヒター
心の不動と静寂さが安定する。
प्रशान्तवाहिता プラシャーンタヴァーヒター
心の不動と静寂さが安定する。
日本語訳で訳されているのは
「心の静止状態の持続は、止滅の行から生じるのである」とあります。
直訳したものと意味は同じです。
刹那ごとにサンスカーラは数珠のように転変を繰り返します。止滅のサンスカーラの後ろに、止滅のサンスカーラの連鎖が再び安定し持続するとき、心の働きが制止してみえます。しかし、まだ雑念のサンスカーラは消滅せずに事実残っています。
心は止滅のサンスカーラが勝っている状態なので雑念の存在を感じとることがありません。(1章18節参照)
「時間が止まったかのようだ」「時間があっという間に過ぎた」という表現は、時間は一定のリズムでサンスカーラの転変と一緒に起こっているんだけれど、その時集中するサンスカーラや雑念を制御するサンスカーラが連続して動いていたから、時間を気にする雑念がわかないので、そのような感覚がおこります。
実際は時間は皆に平等にあるので、時は止まらず世界中でサンスカーラとチッタの数だけパリナーマ(転変)は続いています。
सर्वार्थतैकाग्रतयोः क्षयोदयौ चित्तस्य समाधिपरिणामः 3-11
サルヴァールタェカーグラタヨーホ クシャヨーダヤォーチッタスヤ サマーディパリナーマハ
सर्वार्थता एकाग्रातयोः サルヴァールタター エカーグラタヨーホ
あらゆる客体に惹き付けられる雑念状態が消滅し、1つの瞑想すべき思念へ専念状態が続くこと
चित्तस्य チッタスヤ
(これを)チッタの
समाधिपरिणामः サマーディパリナーマハ
サマーディ転変という
*パリナーマ とは結果、転変。
“刹那” はインドの言葉で ”クシャナ” といいます。これ以上分解できないほどの最小単位であり、目安は指を1回パチンとはじいた時の中に60から65の刹那があるとされます。
感覚器官が自由に放し飼いにされている時は、刻一刻とチッタの転変があちこち動きます。これがヨーガスートラ1章1節の「チッタ・ヴリッティ(チッタのあちこち転変する性向)」のことを指し、その動きを止滅することを「ニローダ」といいます。1章1節「ヨーガとはチッタ・ヴリッティ・ニローダ」である、と。シンプルな経文のあとに、その道程を示した経文が後ろに計194続きます。
一時間勉強しようとした時、途中でお茶を飲んだり、爪の長さが気になり爪切りを探したり、宅配便が届き玄関まで行ったり、スマートフォンを触ったり、暑いなあと感じてエアコンを操作したりしていると、その分だけ雑念に費やした時間があります。途中でまた専念している状態になるとその分だけ集中に費やす時間があります。これら雑念状態を制しようとするのが、先ほどのニローダ・パリナーマでした。制御したあと、専心するべき方へチッタが留まろうとするとき、これを ”サマーディ・パリナーマ” といいます。
ततः पुनः शातोदितौ तुल्यप्रत्ययौ चित्तस्यैकाग्रतापरिणामः 3-12
タタハ プナハ シャーントーディタォー トゥルヤプラティヤヤォー チッタスイェカーグラターパリナーマハ
ततः タタハ
その後に
पुनः プナハ
再び
शान्तोदितौ シャーントーディタォー
過ぎ去っていくのと、これから生じる
तुल्यप्रत्ययौ トゥルヤプラティヤヤォ
2つのチッタの働きが均等になっていく時
एकाग्रतापरिणाम: エカーグラター パリナーマハ
専念転変という。
過ぎ去っていくのと、これから生じる
तुल्यप्रत्ययौ トゥルヤプラティヤヤォ
2つのチッタの働きが均等になっていく時
एकाग्रतापरिणाम: エカーグラター パリナーマハ
専念転変という。
【2つの転変(パリナーマ)の比較】
サマーディ転変。三昧転変。
過ぎていくチッタとこれから現れるチッタに違いがあります。雑念状態から専念状態に移り変わろうとするチッタの転変をいいます。
・एकाग्रता -परिणाम エカーグラター パリナーマ
専念転変。
専念している状態のあとに現れるチッタも、専念したチッタの状態で、その次の刹那も専念している状態。専念している刹那の時が連鎖している状態を専念転変といいます。
有想三昧の初期段階ではサマーディ転変がおこり、それが充足したあとで、専念転変がおこります。無伺定(निर्विचार ニルヴィチャーラ )参照(1-47)